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仏像名で寺を探す
仏像観て歩き 京都編4

名  称

ふりがな

とうふくじ

東福寺

俗称又は愛称

京都市東山区本町15-778

最寄駅

京阪本線
東福寺駅

開  祖

沿  革

 京都には、臨済宗の大寺それぞれの特徴を言い表す、「禅面」という言葉がある。京の人々が、口遊びに伝えてきた、渾名のような巧妙な譬え。洛東の広大な寺域に、堂々たる大伽藍が甍を連ねる東福寺の場合は、「伽藍面」と称された。
 開基は、鎌倉幕府第4代将軍頼経の父である九条(藤原)道家。一族の菩提寺として建立され、発願文に「洪基を東大に亜ぎ、盛業を興福に取る」と記される。つまり、総国分寺である東大寺の大きさ、藤原氏の氏寺である興福寺のような、隆盛を願って建てられたのだ。寺名の「東福寺」も、南都(奈良)の2大寺から1字ずつとって名づけられている。山号は慧日山。
 創建当初は、天台・真言・禅の各宗建学寺院であった。やがて京都五山に列せられる禅の巨刹となる。現在は臨済宗東福寺派の大本山として、塔頭25、末寺子院360余か寺を統括する。
 最盛期は15万坪の寺領、1万石の荘園を所有していたが、明治初期の廃仏毀釈や第2次大戦後の農地改革で約半分を失った。
 明治14年(1881)には、仏殿・法堂・庫裏などを焼失する大火にも見舞われている。しかし、三門や禅堂(選仏場)、東司()、浴室など、貴重な遺構が現存。いまなお、中世のころの趣を残す重厚な威容を保つ。
 東福寺本堂となる法堂(仏殿を兼ねる)は、通常非公開であるが、毎年3月14〜16日に行なわれる涅槃会の際には、須弥壇に巨大な「大涅槃図」が掲げられ、一般にも公開される。涅槃会は、釈迦入滅の悲しみを新たにすると同時に、釈迦が開いた永遠の悟りを祝する行事。
 三門と塔頭の龍吟庵方丈(ともに国宝)が特別公開されるほか、尺八献笛、甘酒の接待などもあり、境内がにぎあう。
「古寺を巡る。東福寺」より 2007年 小学館

 臨済宗東福寺派の大本山。嘉禎二年(1236)創建。開山を聖一国師爾弁円、開基を九条道家とする。山号は慧日山、京都五山第四位で二十五の塔頭をかかえる大寺院である。
 三門(国宝)、禅堂(重文)などの中世禅院建築や、仏殿に安置された本尊、無準師範像、禅院額字や牌字(ともに国宝)のほか、国宝・重文指定された墨蹟、典籍、古文書などを多数所蔵している。
「仏教新時代 建仁寺・東福寺」より 2007年 朝日新聞社

私 の 想 い

 平成19年3月、京都に桜の花見を計画して行った。その年は早くから暖冬で、桜は例年よりも2週間は早いだろうと言われていた。
 そのつもりで早い花見になったが、2週間は早くなかった。2、3分咲きといったところであった。
 妻の入院、手術から四ヵ月が経過して、その後の回復も順調であり、静養もと思い花見を計画したのである。円山公園、醍醐寺、高台寺、嵐山、仁和寺、東福寺と京都の花見の名所を二泊3日で廻った。そんな中での訪問である。
 建築とか、庭園に対しての知識がないので、只々、美しさに驚くばかりで圧倒される。

東福寺画像一覧その1
東福寺画像一覧その2
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