仏像名

 びしゃもんてんりゅうぞう

藤里毘沙門堂作年代

    県重文
平安時代

毘沙門天立像

様 式

俗称又
は愛称

製作材質

木造、
素地、

樹 種

カツラ

像 高

171cm

製作者

安置場所

収蔵庫

開扉期間

解 説

 毘沙門天と吉祥天、善財童子の三尊形式
吉祥天    96cm
善財童子 92cm
 鉈彫りの兜跋毘沙門天立像を安置する愛宕神社に伝来した。毘沙門天を中尊とする三尊像。それぞれ体部はカツラ材を前後に矧ぎ寄せ、頭部を別材で挿首とする。
 吉祥天・善財童子の体部は幅約一尺の規格材を用いるようである。毘沙門天像の面部に若干後世の手が加えられているようだが、全身にノミ痕を残す姿や、眉間に深い皺を刻んだ険しい表情、胸甲がやや縦長となる鎧の形式などは兜跋毘沙門天像に倣うものかと思われ、当初の所為であろう。
特別展「平泉 みちのくの浄土」より 世田谷美術館 2009年

私 の 想 い

 右手は脇を大きく空け、肘を横に張り握り拳を握り右腰に構える。左手は脇を締めて、肘をVの字に折り、前に出すが手首から先を欠いてない。当然、ここは手首を返し手の平を上にして、多宝塔を載せていたのだろう。
 邪鬼の右の一頭は、腹這いで手を突張った分首一つ高くなり、毘沙門天の右足は踏み上げた形になる。踏ん張った左足の下の邪鬼は、顎を地面に直接着けて、脳天を踏まれる。
 両脇侍のいずれもが、顔を掘られて判らなくなっている。夜盗のいたずらに違いない。いずれの手首もない。爪先もない。欠け易い場所ではあるが、こんなに同じ部位が欠けているのは、意図的と思うしかない。困ったものである。
 平成24年5月に第五十八回「仏像観て歩き」東北編で「仏像観て歩き」の仲間と訪問したときには、次のように書いている。
 毘沙門天一家の揃い踏みである。妻と息子の一家での登場である。この組合せで有名なのが、京都・鞍馬寺である。この毘沙門天像は、一家として兜跋毘沙門天像とは別に存在するのである。従って、毘沙門天像としては、二重にある。兜跋毘沙門天像は国指定の重要文化財であり、毘沙門天一家は岩手県の文化財である。それだけに、幾重にも北方の守りを固めるということなのだ。

毘沙門天立像画像一覧その1
毘沙門天立像画像一覧その2
毘沙門天立像画像一覧その3
毘沙門天立像画像一覧その4
毘沙門天立像
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