仏像名

ふりがな もんてんりゅうぞう

願成寺
制作年代

    重文
平安時代

多聞天立像

様 式

俗称又
は愛称

製作材質

木造
彩色

樹 種

像 高

製作者

安置場所

阿弥陀堂

開扉期間

解 説

私 の 想

 右手は肘を伸ばし、拳を握って天を突く。左手は拳を握って左腰に当てている。名前の通りであるならば、多聞天像は左右どちらかの手に多宝塔を捧げ持つというのが普通である。多宝塔も持たない、立つ位置も違うとなれば、本来の名前と違う名前になってしまったのではないでしょうか。
 立つ位置で考えると、増長天像である。本尊の左手前に立ち、外側に当たる左手を挙げて、内側の手を下に下げ腰に当てている。門番の役目としても、本尊を中心にして、左右対称形の姿になっている。二天王像で本尊を守護する場合の四天王像の組み合わせとしては、大概が持国天像と増長天像である。多聞天像でなく、増長天像と名前を変えた方が自然である。
 また、基になっている平泉の中尊寺の方でも、三基壇とも二天王像はこの組み合わせである。一つの増長天像は盗難で不在だが。
 無理やり、多聞天像をそのまま残したとなると、今度は持国天像の名前を広目天像に変えなければならなくなる。更に、本尊の阿弥陀如来像を北向きに安置しないと駄目である。
 こんなことを考えると、頭が混乱しておかしくなる。やはり、最初に重要文化財として、指定する時に背景をしっかり考えて指定しなければならない。
 指定が間違っていて、寺伝が正しいというのも在る物と検めて思うのである。

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多聞天立像
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