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古寺巡礼
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仏像観て歩き 山梨編

名  称

ふりがな

こちょうぜんじ

古長禅寺

俗称又は愛称

山梨県南アルプス市鮎沢505

最寄駅

開  祖

沿  革

古長禅寺の歴史
 古長禅寺は、往古は真言宗の道場として隆盛を極めていたが幾星霜かの間に、すっかり荒廃していた。
 正和五年(1316)の三月、夢窓疎石(国師)がこの地に雲遊された折り、留錫(リュウシャク)して自ら再建されて開山となられ、鎌倉の円覚寺に属す禅宗寺院として再興された。
 古長禅寺は塔頭寺院六ヵ寺を有する大寺院となり、甲斐の禅文化に影響を与えていく。その後寛保三年(1743)天心和尚の時から京都の妙心寺を本山としている。
 当寺の山号は瑞雲山である。これは武田晴信公の母、大井夫人(甲斐国巨摩郡大井荘を治めた大井信達の娘)が天文二十一年(1552)に五十五歳で御逝去され、瑞雲院殿心月珠泉大姉の法号をもって当寺に葬られ、位牌が安置されたことに由来している。
 幽すい閑雅な臨済宗のこの禅寺は、不幸にも大正十三年(1924)八月二十九日、町内の打揚げ花火により、全伽藍を焼失した。しかし昭和五年に庫裏が完成し、五十六年には本堂の落慶式を行った。重要文化財の夢窓国師坐像だけは、いささかの異常もなかったことは国師の霊験によるのである。
「瑞雲山・古長禅寺」縁起より 2012年

私 の 想 い

 古長禅寺には、禅寺に多くの美しい庭園を造りをした造園名人の夢窓国師像があります。鎌倉の円覚寺から甲斐の古長禅寺に遣って来た僧です。円覚寺もそうだが鎌倉の寺には、何処の寺にも入口近くに柏槙(びゃくしん)が植えてあります。この柏槙が古長禅寺の前に夢窓国師お手植えの樹木として、下記の写真のものがあります。本堂に夢窓国師像は安置されていた。
 拝観後、まだ昼食をしていないので、案内して頂いた若い人に
「この辺りに美味しい食堂はありますか。」
と聞きました。山門の外まで出て来て、説明してくれた。更に寺に戻って、手に何やら持って来て差出しました。小型の携帯である。
「此処が寺で、食堂が此処です。」
だと、携帯の中に映し出された地図を指差して案内してくれた。
「私はまだ嫁いだばかりなので、この辺りに詳しくありません。」
だと、若奥様であったのである。その後、お蔭で美味しいホウトウの昼食を食べることが出来ました。最近の若い人達は、携帯で地図も画像に出して説明することに驚いた。

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