古寺巡礼
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仏像名で寺を探す
仏像観て歩き 大阪編

名  称

どうみょう

道明寺

俗称又は愛称

藤井寺市道明寺1-14-31

最寄

近鉄道明寺線
道明寺駅

開  祖

沿  革

当寺は菅原道真公が信心をこめて刻まれた国宝十一面観音菩薩像を本尊とする古義真言宗の尼寺です。
 仏法に帰依される処深かった聖徳太子が、この地に尼僧の寺院を建立されるに当り、代々仏教文化導入に積極的であった土師という人が邸宅を寄進し、東西三百二十米、南北六百四十米の広大な境内に五重塔、金堂等をはじめとする七堂伽藍の完成を見ました。
 これが当寺の前身土師寺で、その後菅原道真公に依って、道明寺と呼び改められる処となり、数多くの仏像、教典美術工芸品、薬品等を宝蔵しておりました。
 土師氏の後裔菅原道真公が大宰府に下向される時、叔母の覚寿尼を訪ねて当寺に立寄られ一首を残されています。
「啼けばこそ 別れもうけれ 鶏の音の 鳴からむ里の 暁もかな
 戦国時代に入り、高屋の兵乱に当寺も焼失しましたが、之を惜しむ織田信長、豊臣秀吉、徳川代々の将軍家等の庇護によって復興成り、朱印地に認められました。
 明治五年神仏分離令に従って、堂宇一切を天満宮境内より移し、境内の拡張を経て大正八年には本堂の落成を、多宝塔を加えて現在に至っております。
 建立以来千三百年法灯絶ゆることなく数少ない尼寺として、今日に至っていることは、偏に皆様の語信心の賜と存じます。
「道明寺」縁起より

私の想い

最初に訪問したのは、二度目の大阪勤務の時であるから平成5年か6年である。近鉄道明寺駅より徒歩十分位、市街地を離れて、静かなところにある尼寺である。
 訪ねて行くと若い尼さんが現れて、本堂に案内してくれ、そして読経をはじめた。読経に合せて、外では雀の鳴き声がして、それが如何にも長閑であり、田舎らしい。読経も未だ勉学中と見えて、巧いとは云えない。稚拙さが返って若々しくもあった。
 読経の後、身支度を陣羽織に整えて、謡舞の会が催され、本尊の十一面観音像の厨子を開け、その前で、一段と大きな声で、謡を歌い上げる。仏の前で謡を歌い上げるのは、さぞ身も心も引締るに違いない。
 演ずる人に取っても、見ている私にしても、贅沢な時間である。仏の前で、お茶やお花を奉納するのと同様と考えて好いし、稽古事は仏の前ですることで、上達も早いと思う。
 平成17年4月には近鉄南大阪線土師の里から徒歩で道明寺まで行く。前回は車で訪問した。その時に上記の謡と舞を披露してくれたのである。
 それを琴か三味線と勘違いして、安寿さんにお琴か、三味線を聴いた覚えがありますが聞くとお琴も三味線も誰も弾く者はおりませんと言われてしまった。
 しかし、この寺に間違いないのだが、それも年格好からして、この安寿さんのような気がする。一人忙しなく受付と御朱印の記帳の処理に追われている。
 応援に来た老婆に受付を任せて、御朱印の記帳に専念している。これ以上この件に関して深追いはしない。八重桜の綺麗な時期であった。
 世の中には信心深い人の何と多い事か。今日は参拝者も多く、15、6名は居ただろうか。異国的な雰囲気の十一面観音像で、国宝に指定されている。像高99cmの小さい像であるが、法華寺の「官能の十一面」に負けない、美女である。

道明寺画像一覧 道明寺の画像が楽しめます。
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道明寺所蔵仏像
十一面観音立像1 十一面観音立像2

聖徳太子立像

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当寺の記述を最後まで、ご覧頂きまして誠にありがとうございます。
厚く御礼申し上げます。下記の通り、お詫びとお断り申し上げます。

1.        仏像の写真を紹介出来なかった事です。勝手に掲載しませんでした。
2.        絵葉書、仏像解説書、国宝写真集等々で、有名な仏像については、ご覧になれる機会は多いと思います。
3.    それ等をご覧になりながら、もう一度ここにお越し下さい。 また、別の仏像の楽しみ方が出来ると思います。

4.        ここでは、国宝と重要文化財の指定を受けている仏像を紹介しております。
5.
   「国宝・重要文化財大全」彫刻 毎日新聞社 1998年より選定しました。
6.        像高も上記大全のものを小数点以下切捨てで、記載しました。寺や解説書等と多少違うかも知れません。
7.        掲載した「沿革」と「解説」は寺から頂いた資料や手持ちの解説書からのものを掲載しております。

8.        一番は、実際に寺に行ってご覧になることです。
9.    一つでも好きな仏像を決めて、訪ねると一層「仏像観て歩き」が楽しくなります。      以上