仏像名

きっしょうてんりゅうぞう

天台寺
制作年代

    県文
平安時代

吉祥天立像

様 式

俗称又
は愛称

製作材質

木造、
素地、

樹 種

像 高

137cm

製作者

安置場所

収蔵庫

開扉期間

解 説

 東北地方に散在する古彫刻の素晴らしさは、近年とくに見直されている。本文中にも、黒石寺の薬師や勝常寺の薬師、また天台寺のナタ彫り聖観音、中尊寺の諸像を紹介したがこの可愛らしい吉祥天の像も、また天台寺に伝わった古像である。
 この吉祥天像の素朴な顔つきは、東北地方の少女を思わせる。着物のえりなども彫刻せずに顔料で描いているところなども、いかにも辺鄙な東北の地での造像を思わせる。 材はカツラである。
「日本の彫刻」より 久野 健著 吉川弘文館 1968年

 木地に花文を墨描したこの愛らしいお像は吉祥天で慈覚大師の作と伝えられています。全体的にふっくらとして円満な表情のこのお像は両腕を失っていることも相まって、こけしのような趣きがあり、天台寺の中でもひときわ魅力的な仏像です。
 桂材一木造、内刳りなし。四山をなす冠をつけ天冠台をつける。彫眼、耳朶不環。袍をつけ。ほぼ直立する。眉や眼に墨を施し、袍の文様花文を墨描する。腹部に紐を彫出するほかは衣褶等を彫らず、神像彫刻的な雰囲気が感じられる。素地のままに墨描を施したと見られるが、表面が赤みを帯びており、あるいは漆塗りなど施しているのかも知れない。
「みちのくの霊山 桂泉観音 天台寺」岩手県立博物館 昭和62年3月より

 災いを除き、福徳を授ける女神、吉祥天。本像は名称不明だが、戴冠した高貴な姿と、童女の如き愛らしい表情から吉祥天とされる。
 カツラの一材製。像の表面は、背中にノミ目がある以外は滑らかな仕上げ。花の文様や両脛の衣の襞が墨描される。襞は彫刻が通例だが、なるべく材を彫り込まないなどの配慮があったか。
 別製の両腕を失ったいま寸胴の体躯からは材の原形がなおさら容易に想像でき、材への特別な思いが垣間見えるよう。
特別展「平泉 みちのくの浄土」より 世田谷美術館 2009年

私 の 想 い

 東北美人の典型を見るようで、まことに麗しい。髪型に特徴があって、三つに束ねており、現代の髪型よりもかえってモダンな感じである。
 しかし、それでいて不自然でないのは、何で、でしょうか。それはこの髪型をしていても不思議でない美しさがこの像にあるからかも知れない。
 平成21年3月に世田谷美術館で開催された特別展「平泉 みちのくの浄土」天を第十六回「仏像観て歩き」として、拝観することになりました。
 この時には、次のように書いております。
吉祥天らしく、お腹がふくれて紐がお腹に食い込んでいる。吉祥天にお腹の紐は、必需品の一つであり、中にはお腹に深く食い込んでいることもある。その食い込み具合を観るのも、吉祥天像を拝観する時の楽しみの一つである。
 ぽっちゃりとした福与かな、丸いお顔の吉祥天像である。両肩から先を欠く。腰から下は埴輪のようでもあり、簡単な形である。そう言えば表情も埴輪に似ているかも知れない。
 平成24年5月の第五十八回「仏像観て歩き」で訪問した時には,次のように書いている。
吉祥天像というと、私なりに楽しみにしていることがある。幾つかその条件を挙げてみよう。

1)太いお腹をしていること。

2)腰に締める紐がどれ位お腹に食い込んでいるか。

3)美人であること。

4)母親然としていること。

5)叔母様度がたかいこと。

6)子孫繁栄、五穀豊穣の神に相応しいこと。
などがあります。いずれそれぞれに度数を定めて、最優秀賞がどの吉祥天像なのかを調べてみたい。
 この像も吉祥天像にはめずらしく、少女の像に出来ている。少女の吉祥天像で思い出すのは滋賀・櫟野寺の吉祥天像です。三躯あるのだが、いずれの像も手首から先が欠損してない。その他の櫟野寺の像も、織田信長が浅井長政を攻めた時に破壊されて、肩から先や肘から先や手首から先が欠損している。この仕業は意識的に行われた行動であり、到底容認出来ない。このような首領に天下執りが出来ないことを歴史は証明している。破壊をしないと新しい時代が始まらないということもあるが、破壊の仕方にも因るのだろう。
 この像は表面に花の文様が描かれている。これも子供の晴れ姿を飾ってあげようという親心の表れと思うと微笑ましい。それにしても両手のないのが痛ましいし残念だ。

吉祥天立像画像一覧その1
吉祥天立像画像一覧その2
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