平安時代に流行した鉈彫の傑作の一つ。頭部および体幹部をカツラの一木から彫出し、内刳りは施さない。台座は後補であるが、両足の間を残し足の縁から外が切り取られているので、両足と台座の蓮肉が一木で造られていたことがわかる。これは奈良時代から続く一木造の技法である。髪、顔から頸と両手、三角状の宝冠は表面を滑らかに仕上げるが、それ以外の体部や天衣、足にはノミ目を残している。
しかし、背面には鉈彫風のノミ目がなく一度全身を整えた上で、背面以外に再度ノミ目を刻んだものと考えられる。全身は白木のままであるが、髪、眼、口髭、顎ひげには墨を塗り、唇には朱をさしており、礼拝されるにふさわしい姿になっている。ノミ目は横方向に規則的で美しく整えられており、鉈彫の手法が確立したことをよく示している。
天台寺は鉈彫を安置する寺として最北端に位置する。地元ではこの像を「桂泉観音」と呼んでいるが、その原点は天台寺山中のカツラの大木と、その根元に湧く清水である「桂清水」にある。霊木、霊水による信仰が下地になっている。天台寺境域の山中に生えるカツラの木は現在も信仰を集めているが、この像もまた寺の本尊としてカツラ材で造られている。
また、寺に残るほかの平安時代の仏像(十一面観音菩薩像(重要文化財)、如来像、伝吉祥天像)もカツラで造られており、いかに信仰が強かったかが判る。まさに土地に根ざした信仰である。寺に残る仏像のうち十一面観音像は鉈彫ではないが、白木のままを留めるだけでなく、表現も聖観音像と酷似しており同時期に一対の像として造られたと考えられる。
鉈彫の聖観音像の方がより強い神秘的な霊力を持つことから本尊となり、十一面観音像が対となることで、さらなる霊験力を期待したのだろう。
カツラの一木造。「桂泉観音」として信仰される。全身を平滑に整え、頭部・腕・背面を除き、規則的に美しくノミ目を刻む。鉈彫りの仏像の傑作として有名。眉目に墨、唇に朱彩を穂と越す。
「日本の仏像 勝常寺薬師三尊とみちのくの仏」より 講談社 2008年
天台寺の本尊「桂清水(桂泉)観音」として知られ、鉈彫技法による最高傑作として有名です。寺伝では奈良時代の高僧行基菩薩が八葉山の山中に桂の霊木を得て一刀三礼の法によって刻んだと伝えられています。
平安中期の現地作とみられますが、素木に施したノミ跡ともあいまって、非常に高い精神性がうかがわれ、糠部の「カミ」としての霊仏にふさわしい名作です。
像高116cm 面幅12cm 胸奥15cm
面長10cm 面奥16cm 腹奥22cm
肘張38cm
桂材一木造、内刳りなし。両手先別材。素木仕上げ。垂髻を結い、前立冠、天冠台をつける。地髪平彫り。髪は耳を亘る。耳朶不環。耳上部を渦巻状につくる。彫眼、三道彫出。条帛・天衣をつけ、腰裳(折り返し二股)をつける。天衣の形式は膝前で左右よりの天衣が絡み合う特殊なものである。左腕を屈し、右腕を垂下し、ほぼ直立する。
髪・眉・眼・唇・髯等に墨・朱を施し、胸に卍を入れた宝珠形を朱書、条帛折り返し部には阿弥陀如来種子キリークを墨書する。両手先は後捕か。
顔面と両腕を除く大部分にいわゆる鉈彫りの技法を施すが、背面は平滑に仕上げる。台座は後補。
「みちのくの霊山 桂泉観音 天台寺」岩手県立博物館 昭和62年3月より
天台寺の本尊。カツラの一材製で、いまは本体と台座が別製だが、当初は台座の蓮肉まで本体と継ぎ目なく造られていたとみられる。像の表面を流れるノミの目は、本像が神木や霊木などの特別な木から生まれ、抜群の効能をあらわすことを示すサイン。これは「鉈彫」と呼び慣わされるもので、東国に多い。なかでも本像は屈指の出来映えで、木という自然物への崇拝と仏への信仰とが融合し生まれた、「神でもあり、仏でもある」像の代表作といえる。
「特別展 平泉 みちのくの浄土」世田谷美術館より 平成20年11月
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