仏像名

ふりがな みろくぶつざぞう

興福寺
制作年代

国宝
鎌倉時代

弥勒仏坐像

様 式

承元二年(1208)

俗称又は愛称

製作材質

木造
漆箔

樹 種

像 高

141cm

製作者

運慶作

安置場所

 北円堂

開扉期間

解 説

治承兵火後、再建された興福寺北円堂の中尊。惣大仏師運慶の下に、上座大仏師源慶、静慶を頭仏師として、承元二年(1208)、から建暦二年(1212)、頃の間に造立された。時に運慶は六十歳前後と見られ、運慶晩年の衰えぬ創作意欲を示している。
 この像は日本彫刻史の集大成の上に、新たな実在感を創り出したものといえ、かの肖像彫刻の傑作、無著、世親像を従えながら、堂々たる威容を示している。
 桂材寄木造、彫眼。体の幹部は共に四材矧ぎ、頭、体を割り矧いでいると思われる。背中には別に縦二材を矧ぐ。体部に、ほぼ膝のたかさの位置で、底板を設ける。これは浄楽寺阿弥陀像と同様の造り方である。
 像の頭部内には弥勒菩薩小像と建暦二年記の願文を納めた厨子、板製五輪塔二枚、建暦二年の宝篋印陀羅尼経一巻、体部内には、柄付き蓮台上の水晶珠が奉籠されている。 なお、台座(八角宣字座)は懸裳とその他の一部を除いて当初のもの。光背は後補である。
「運慶と鎌倉彫刻」 小学館 1967年より

 興福寺北円堂の本尊弥勒像は、承元二年(1208)、に運慶が一門の仏師を従えて制作した像の一つである。重厚な衣文線の表現や威厳のある顔付きなどは、遺憾なく運慶壮年の作風を伝えている。
「日本の彫刻」 久野健編 吉川弘文館 1968年より

 北円堂の復興造像は、一門を率いた運慶によって承元二年(1208)、に始まられ、建暦二年(1212)、ころに完成された。中尊がこの弥勒如来である。運慶の晩年に近い頃の作として、完成された様式を示している。
 天平復古と写実を基調としながら、たとえば、衣の処理法などに日本彫刻史を形作る、様々な要素が集約された形で入っているのが、彼の遍歴を物語って興味深い。八角の台座は古制を守ったものだろう。玉眼嵌入、光背は後補である。

「仏像ガイド」 美術出版社 1968年より

私 の 想 い

右手は上品、左手は与願印で吉祥座に須弥壇に座る。端正なお顔の仏様である。

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弥勒仏坐像
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興福寺北円堂所蔵仏像
弥勒如来坐像 世親菩薩立像 無著菩薩立像
持国天立像 増長天立像 広目天立像 多門天立像
興福寺1(北円堂)
興福寺2(東金堂)
興福寺3(仮金堂)
興福寺4(国宝館)
興福寺5(南円堂)

弥勒・不空羂索の所在と制作年代

運慶と快慶の比較