トップページに戻る。
仏像名で寺を探す
仏像観て歩き 京都編

名  称

ふりがな

ぶじょうじ

峰定寺

俗称又は愛称

左京区花背原地町772

最寄駅

開  祖

沿  革

大悲山峰定寺は、今からおよそ八百五十年前に、大峰熊野の修行者三瀧上人観空によって創建された。
 観空上人は鳥羽法皇の御帰依を受けられ、久寿元年二月(1154)法皇の祈願により、三間四面の堂宇を建立、本尊には法皇御念持仏の千手観世音菩薩を御下賜され、同年四月両脇侍として二童子付き不動明王立像、並びに毘沙門天立像を奉納せられたのに始まる。
 平清盛は平治元年五月、仏舎利一粒と唐羅漢十六体を奉安したことが、縁起に誌されている仁王尊二体は、長寛元年(1163)仏師良元の作になり、藤原時代の仁王として稀有のものである。
 大悲山は奈良県の大峰山に対して、北大峰とも称せられ古来より修験道の修行場となっている。
「峰定寺」縁起より

 仏像は年2回開帳する。次は11月3,6,7日の3日間 雨の日は駄目

私の想い

大津の方から車で行く事にした。161号線から477号線に入って京都に向かう。山に入って行く毎に道が狭くなって険しくなる。
 途中トンネルを避けて更に奥に入って行く。何度か尋ねて確認する。峰を越えて下りになると急勾配を下る。車1台やっと通る道である。
 北山杉の産地と見えて、直線的に伸びた杉林は見事な光景である。車を寄せて写真を撮る。もう一度、この山道を通れと言われたら断ります。
 大布施という所で道を尋ねると、しばらくすると案内板がありますというので、元気が出る。車を置いて受付所に入って行く。
 仏像拝観は年2回、春と秋との事である。今回は見送りとなる。次は11月の3、6、7の3日間という。
 折角だから山に登る事にした。入山には条件があるという、条件は

1.天気が良い日であること。     2.カメラを置いて行くこと。

3.図多袋を持って行くこと。     4.財布は持って行っていい。

5.金剛杖を持って行き、六根清浄を唱えて登ること。

 五条件に了解して、許可をもらう。石段とコンクリートで固められた山道だが、雨で濡れれば滑って危険だ。
 それで 1.の天気がある。本堂に登り着くと何と清水寺の舞台と言うが、あれよりも険しい所に建っている。
 空は青く澄んでいる。新緑の山は飽くまでも青い、谷川のせせらぎぎの音、カジカの鳴く音、鶯の鳴く音が谷の底から湧いて来る。
 なぜ、財布が必要なのか登る前は判らなかったが、ここに来て判った。お賽銭だった。お賽銭箱がしっかりと用意されていて、お願い出来るようになっていた。

峰定寺画像一覧 峰定寺の写真が楽しめます。
峰定寺所蔵仏像
釈迦如来立像 千手観音坐像  金剛力士阿形 金剛力士吽形
不動明王立像 こんが羅童子像 せいた迦童子像 毘沙門天立像
峰定寺に戻る
ご意見、ご感想をお聞かせ下さい。

お礼とお詫びとお断り
当寺の記述を最後まで、ご覧頂きまして誠にありがとうございます。
厚く御礼申し上げます。下記の通り、お詫びとお断り申し上げます。

1.        仏像の写真を紹介出来なかった事です。勝手に掲載しませんでした。
2.        絵葉書、仏像解説書、国宝写真集等々で、有名な仏像については、ご覧になれる機会は多いと思います。
3.    それ等をご覧になりながら、もう一度ここにお越し下さい。 また、別の仏像の楽しみ方が出来ると思います。

4.        ここでは、国宝と重要文化財の指定を受けている仏像を紹介しております。
5.
   「国宝・重要文化財大全」彫刻 毎日新聞社 1998年より選定しました。
6.        像高も上記大全のものを小数点以下切捨てで、記載しました。寺や解説書等と多少違うかも知れません。
7.        掲載した「沿革」と「解説」は寺から頂いた資料や手持ちの解説書からのものを掲載しております。

8.        一番は、実際に寺に行ってご覧になることです。
9.    一つでも好きな仏像を決めて、訪ねると一層「仏像観て歩き」が楽しくなります。      以上