古寺巡礼
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仏像名で寺を探す
仏像観て歩き 大阪編

名  称

かんしんじ

観心寺

俗称又は愛称

河内長野市寺元475

最寄駅

南海高野線

河内長野駅バス

開  祖

沿  革

草創期
奈良時代大宝年中、役小角の草創、初め雲心寺と称す。大同年中弘法大師この地を巡錫され、後、弘仁六年、本尊七星如意輪観音を安置され、寺号を観心寺と改称す。嵯峨天皇より勅額を賜わる。

 開基
弘法大師は当寺を弟子実恵(道興大師)に付属。実恵は淳和天皇より伽藍建立を拝命し弟子真紹と共に天長二年より造営工事に着手した。ために当山開祖は実恵といわれる。貞観十一年に勅額定額寺となる。

 南北朝
建武中興後、後醍醐天皇は楠正成公を奉行として金堂外陣造営の勅を出し、更に大師御作不動明王を宮中に迎えて、新政の祈願をされる。また後村上天皇は塔頭惣持院を行宮とされた。
 中院は実恵の弟子真紹の創建する、山内最初の塔頭にして、後、正成の三代前正俊の再興するところである。爾来、楠家菩提寺となり、幼小の頃の学問所である。
「観心寺しおり」より

私の想い

堺東駅より南海高野線の電車に乗って河内長野に向った。電車は立っている人も少ない程の混みようであった。前の席に目をやると、蜜柑色のスーツに身を包み、ハンドバックを膝の上に乗せた若い娘さんが、座っていた。
 片手にハンカチを持ち、時々顔の当てるかと思うと、スカートの裾を正し、顔をうつむかせて、足下に視線を落として、そわそわした感じである。
 その隣の席には、中年の婦人が座っていて、この若い娘さんの仕草を見て直感したのだろうか。何やら話し掛けた。声は聞こえるが内容は聞き取れない。
 婦人と若い娘さんの話は、3つ、4つの駅まで続いていただろうか。そして、若い娘さんは電車から降りて行った。
 婦人は隣の連れの人と若い娘さんとの話をしていた。若い娘さんはこれから、叔父さんの家に、見合いに行く途中であった。婦人に話し掛けられるまで、緊張していたのだろうし、見合いの席でのことを、いろいろ想像していたのだろう。
 話し掛けられてからは、緊張もほぐれたのか、晴れ晴れとした表情であったし、婦人との別れ際には、軽く会釈をして清々しく立って行った。
 婦人も若い娘さんの立ち去って行く姿を窓から見送っていた。きっと、あの若い娘さんには良縁が授かることだろう。
 河内長野の駅からバスに乗換えて観心寺に向かった。くねくねと曲がった山道を満員のバスは喘ぐように登って行く。道の端には、今を盛りに桜が咲いている。観心寺の門は桜の花で、覆われてしまったように立っていた。
 門を入って右手が公園になっていて、桜の下で弁当を広げる花見客で賑わっていた。ゆるやかな階段を登って、金堂、講堂は左手の奥にあり、この日は和服姿のお嬢さんの茶会が開かれていた。講堂の脇に宝物館が鉄筋で建てられ、寺の宝物を守っている。

  平成17年4月「仏像観て歩き2」では次のように書いている。
今日は河内長野市の観心寺に行くので六時半にホテルを出発した。途中、大和郡山市、橿原市、大和高田市、御所市、五条市と抜けて来た。
 五条市と言えば、私の耳の中には、選手の名前は忘れたが、子供の頃に聴いたラジオからの水泳の実況放送で「第4のコース ○○君、五条高校」というのが耳の奥に残っている。

 知る人ぞ知る五条は水泳の盛んな町であったのだ。大和は海無し県だし、山の街である。その五条に着いた。いよいよ、葛城山塊の山越えである。国道310号線であるが、名ばかりで、道は狭いし急カーブありで、所々に警笛鳴らせの標識が立っている。今どき珍しい、警笛を鳴らす都市は、途上国に多い。そこに入れられそうである。
 頂上に近付き峠に来たところが、県境の標識で大阪府と出て、突然トンネルになった。トンネルを貫けると下りになり、路面はデコボコだし、ガードレールは赤く錆びているしこの違いはすごく判り易い。
 国道だから、大阪府には、関係ないのかも知れない。しかし、山間部の人達への皺寄せが歴然としている。平成の大合併とか言って、どこもかしこも合併、合併の大合唱だが、
「好くなかっぺ、欲あるっぺ」
と言ってやりたい。とにかく悪い道を観心寺まで、降りて行った。観心寺は今度が二度目である。
 観心寺のお目当ては、秘仏の如意輪観音半跏像である。毎年4月1718日の二日間だけ公開される。隣の公園で花見客が、花見をしていたというが、今年はすでに桜は散っていて、季節は三十三年前よりも進んでいる。温暖化の影響なのに違いない。
 八時半には着いて、九時半に公開されるというので、宝物館でこの寺の調査をする。仏像は宝物館にほとんどあり、調べて行く。ところが聖観音像が、五体もある。像高が寺の表示には無いので、どれがどの仏像なのか判らない。
 そこで、仮に名前をつけて、たとえば、腰右寄せ像とか、右手首欠損像とかで記入して置き、後日、写真で確認し、像高と合わせて用紙にまとめようと思う。
 十時半に調べは本堂の本尊と四天王だけとなり、本堂に行くと本堂いっぱいの人出である。隅の四天王から調べ、いよいよ、重要なご本尊になるが、この大勢の人の中では無理である。写真を買って後日、ゆっくり写真で対面しようと思う。

観心寺画像一覧 観心寺の画像が楽しめます。
観心寺花華一覧 観心寺の花華が楽しめます。

観心寺所蔵仏像

如意輪観音坐像  如意輪観音坐像2   

愛染明王坐像1

愛染明王坐像2 
釈迦如来坐像 宝生如来坐像 薬師如来坐像 弥勒菩薩坐像 
十一面観音立像 地蔵菩薩立像 観音菩薩立像 観音菩薩立像2 
観音菩薩立像3 観音菩薩立像4 観音菩薩立像5 観音菩薩立像6
持国天立像 増長天立像 多聞天立像
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お礼とお詫びとお断り
当寺の記述を最後まで、ご覧頂きまして誠にありがとうございます。
厚く御礼申し上げます。下記の通り、お詫びとお断り申し上げます。

1.        仏像の写真を紹介出来なかった事です。勝手に掲載しませんでした。
2.        絵葉書、仏像解説書、国宝写真集等々で、有名な仏像については、ご覧になれる機会は多いと思います。
3.    それ等をご覧になりながら、もう一度ここにお越し下さい。 また、別の仏像の楽しみ方が出来ると思います。

4.        ここでは、国宝と重要文化財の指定を受けている仏像を紹介しております。
5.
   「国宝・重要文化財大全」彫刻 毎日新聞社 1998年より選定しました。
6.        像高も上記大全のものを小数点以下切捨てで、記載しました。寺や解説書等と多少違うかも知れません。
7.        掲載した「沿革」と「解説」は寺から頂いた資料や手持ちの解説書からのものを掲載しております。

8.        一番は、実際に寺に行ってご覧になることです。
9.    一つでも好きな仏像を決めて、訪ねると一層「仏像観て歩き」が楽しくなります。      以上