仏像名

ふりがな  たんじょうしゃかぶつぞう

大報恩寺
制作年代

      重文
鎌倉時代

誕生釈迦仏像

様 式

俗称又は愛称

製作材質

銅造

樹 種

像 高

53cm

製作者

安置場所

開扉期間

解 説

灌仏会とも仏生会とも呼ばれる陰暦四月八日釈迦誕生の日にまつる仏像である。釈迦は麻耶夫人の右腋下から生れ落ちるや、七歩あゆみ、右手を挙げて天を指差し、左手を下げて地を指差し、「天上天下唯我独尊」といったと伝えられている。
 普通、銅でこの形を造るが、古いところでは東大寺や善光寺に奈良時代の作品がある。この像は鎌倉時代の作で、誕生仏としては大型、細身の銅像である。
 千本釈迦堂は西陣の織物機械の音が戸ごとに響く民家の群の中にあり、全く庶民の寺といった感じがする。これは創立以来の伝統で、毎年の灌仏会も参詣の群衆で、ごった返した事であろう。
 本堂前の広場に持ち出されたこの誕生仏が、燦燦と降り注ぐ陽光を浴びながら、右手を高く挙げて天を指差し、庶民から祝福の甘茶をかけてもらっている光景が眼前に浮かぶ様である。
「京都の仏像」 淡交社 1968年より

 大報恩寺は求法上人義空が安貞元年(1229)、ころに創建した寺で、その地名を取って千本釈迦堂とも呼ばれており、古くから釈迦念仏の中心とされており、「徒然草」にも「千本の釈迦念仏は文永1264〜75)、のころ如輪上人之をはじめられけり」とあるほどである。
 本尊は快慶の弟子行快作の釈迦如来坐像を安置している。こうした釈迦信仰の聖地であるだけに、釈尊の生誕を祝福する潅仏の本尊たる、この像があるのも当然と言えよう。
 誕生仏の中でも大きい方の奈良東大寺の天平期の像より、もう一回り大きいというのも信仰の篤い事を物語っている様に思われる。
 東大寺像などに比べると幼児のようなやわらかい、ふくよかな体躯ではなく、むしろ、引締った肉付けであり、顔立ちもずっと大人びている様に思われるが、これも時代の差であろうか。
 下半身をおおう裳の襞を、写実的に畳んでいる点や清凉寺式釈迦像の様な縄目状の髪に造っている点も、この時代の特色を良く表わしている。蓮の葉を裏返した荷葉座と、呼ばれる台座上に立つが、これも当初のものと思われる。
「特別展 鎌倉時代の彫刻 1975年」より

私 の 想

右手の人差指が挙げる勢い余って、真上を差さずに斜め上の方になってしまった。左手の下を差す方は、真下を差している。
 頭部の羅髪の部分を同心円の線で表現している。立派な誕生仏のお釈迦さまです。

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