古寺巡礼
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仏像観て歩き 京都編3

名  称

ふりがな

れんげおういん

蓮華王院

俗称又は愛称

三十三間堂ともいう。

東山区三十三間堂廻町657

最寄

京阪線
七条駅

開  祖

平清盛

沿  革

三十三間堂は、長寛二年(1164)に、後白河法皇の御所であった法住寺殿の境城内に、平清盛が造営したもので、正しくは蓮華王院と称し、内陣の柱間の数が三十三ある事から、三十三間堂と通称されています。
 堂内中央に湛慶晩年の造像である十一面千手観音中尊坐像を安置し、その左右に500体ずつ、運慶、湛慶、康慶らに率いられた仏師70余人が、制作した1000体の十一面千手観音立像を祀り、前列に観音二十八部衆と風神・雷神が並び、ひたすら観音信仰を培うところの稀有の大道場です。
 毎年一月中旬の「楊枝のお加持」(ようじのおかじ)は当院最大の縁日で「頭痛封じ」にご利益があるといわれ、お堂の西側では、終日、「通し矢」(江戸時代には外縁で行われた弓の競技)に、ちなむ弓道大会が催され、特に成人を迎えた女性達の晴れ着での競技は、京都の冬の風物詩となっている。
「国宝三十三間堂」より

(慶派の作品展開)
 蓮華王院の二十八部衆、風神、雷神像も、運慶の子息と、その周辺の作家の手になるものであろう。二十八部衆像は、同院の建長火災時に救い出されたという記録があるが、それに当たるとしても、作風の上から考えて、建長を溯る事、あまり遠からぬ所に彼らによって造られたとおもわれる。
 その中には幾つかの作風があり、彼等の様々の作風展開が知られるが、中でも婆藪仙像の老貌痩躯に、写実的技法の成熟を見る事が出来る。ただこの群像では、空也上人像でもそうであったが、表情や身振りの誇張、あるいは道具立てなどによる説明的表現への傾きが兆している。
「運慶と鎌倉彫刻」 小学館 1973年より

私 の 想 

あまり自信が無いので、最初に断りをして置きます。間違っていたら、ごめんなさい。三十三間堂に最初に来たのは、高校の修学旅行の時である。ここで見たいと思っていたのは、あの長い表の廊下である。「中村錦之助」が「宮本武蔵」に扮し、この廊下を走る姿である。「稲垣浩」監督の「宮本武蔵」には、「内田吐夢」監督の「宮本武蔵」を比べていた。片や白黒、片や総天然色である。「稲垣浩」監督の「宮本武蔵」は「三船敏郎」が、「内田吐夢」の「宮本武蔵」は「中村錦之助」がなっている。
 綺麗な画面に感嘆したものである。「蓮華王院の決闘」である。そうした思いがここの廊下にはある。
 その当時は、雷神、風神も二十八部衆も千手観音像の前でなく、後ろの廊下側に一列に並んであり、中でも雷神、風神が真中に並んでいたような気がする。何故そんな事を言うかというと、私の頭の中では、優しいお顔の千手観音を観た後で、怖い顔の仏像を、暗い後ろの廊下で観たという印象が頭に残っている。
 平成16年5月26日 京阪七条駅から三十三間堂に向う。京都国立博物館とは道を挟んでいる。博物館の開門を見ると九時半と書いてある。八時半に着いたので、先に三十三間堂から拝観する事にした。
 すでに修学旅行の高校生や中学生でいっぱいだ。中央の十一面千手千眼観音菩薩にご挨拶をする。
 この中尊の左右に500体ずつあり合計1000体という。内、平安時代の作が124体、鎌倉時代の作が876体、室町時代の作が1体という。本尊で1001体だ。
 寺の人に、平安時代の作を聞くと、570尊と言った。1から番号が付けてあり、重要文化財の指定も番号でされている。1000体の千手さんの前列に横一列に二十八部衆が雷神から始まって、最終の風神までずらりと30体並んでいる。
 平成21年10月に京都・滋賀「仏像観て歩き」を「仏像観て歩き研究会」の仲間と一緒に拝観旅行を行いました。その時には、初日の最初の訪問となりました。
 前回は、平成16年5月であるから5年振りということになる。平日で朝も早いので観光客もまだ少ない。
 長寛仏が120数体と鎌倉の復興期の作が残りと、室町時代作が1体となっている。1001体で構成されている。
 今回は、湛慶作に注目をしました。全部で九体存在するようです。内の1体は、中尊の坐像である。残りの8体の内5体が、ここに横一列に並べて配置され、銘札で紹介されていました。3体は、東京国立博物館の通常展示場に常設展示されています。
 それぞれの個体に個性を持たそうとして、決められた意匠や衣裳の中で作者は、工夫を重ねて造ったのである。衣裳の襞の折り目や、合掌する手の高低や大きさを変えている。
 復興造仏の総責任者である湛慶にして、九体/八百数十体であるから、全体の1パーセントである。こうして数字上では、少ない数と思うのだが、別に考えると、それだけ仏像制作する人達が居たと言うことではないかとも思える。そうだとすると、大勢の仏像製作者をまとめて、数や大きさや形状や姿勢等の調整を執る総責任者は、大変であったことが想像出来る。
 このことを肝に銘じて、この後に、訪問する六波羅密寺に行った折に、本人に褒めて挙げようと思います。
 帰り際に三十三間堂の裏に出て、初めて知ったのが正月の成人式に行う、「通し矢」の行事は、この裏の廊下で行っていたのである。前の方で行っていたとばかり思っていました。写真にも撮って来たので、成人式が楽しみである。ある意味では、弓道の聖地とも射得る場所である。

蓮華王院画像一覧その1

蓮華王院の写真が楽しめます。

蓮華王院画像一覧その2
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千手観音坐像 千手観音立像(平安) 千手観音立像(鎌倉) 千手観音立像(室町)
千手観音立像(40号) 千手観音立像(493号) 千手観音立像(504号)
雷神像 風神像 蜜遮金剛立像 満善車王立像
満仙人立像 摩和羅女立像 摩ごう羅王立像 摩けい首羅王立像
毘楼博叉立像 毘楼?勒叉立像 毘婆迦羅立像 毘沙門天立像
婆薮仙人立像 難陀龍王立像 那羅延堅固立像 東方天立像
帝釈天王立像 大梵天王立像 大弁功徳天立像 神母天立像
散脂大将立像 沙羯羅王立像 五部浄立像 金比羅王立像
金大王立像 金色孔雀王立像 緊那羅王立像 乾闥婆王立像
迦楼羅王立像 阿修羅王立像
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当寺の記述を最後まで、ご覧頂きまして誠にありがとうございます。
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1.        仏像の写真を紹介出来なかった事です。勝手に掲載しませんでした。
2.        絵葉書、仏像解説書、国宝写真集等々で、有名な仏像については、ご覧になれる機会は多いと思います。
3.    それ等をご覧になりながら、もう一度ここにお越し下さい。 また、別の仏像の楽しみ方が出来ると思います。

4.        ここでは、国宝と重要文化財の指定を受けている仏像を紹介しております。
5.
   「国宝・重要文化財大全」彫刻 毎日新聞社 1998年より選定しました。
6.        像高も上記大全のものを小数点以下切捨てで、記載しました。寺や解説書等と多少違うかも知れません。
7.        掲載した「沿革」と「解説」は寺から頂いた資料や手持ちの解説書からのものを掲載しております。

8.        一番は、実際に寺に行ってご覧になることです。
9.    一つでも好きな仏像を決めて、訪ねると一層「仏像観て歩き」が楽しくなります。      以上