仏像名

ふりがな たいしゃくてんりゅうぞう

興福寺
制作年代

    重文
鎌倉時代

帝釈天立像

様 式

俗称又は愛称

製作材質

木造、玉眼
彩色、切金文様

樹 種

像 高

166cm

製作者

安置場所

国宝館

開扉期間

解 説

  もと東金堂所在と伝える、鎌倉時代の梵天・帝釈天立像である。両像とも、髪際高五尺前後で、左右二材を矧ぐ檜材寄木造の構造になり、共通した作風を示す。
 同時期に制作された一具の像と見て間違い無いが、鎌倉再建期の東金堂には、定慶の作品が安置されていた蓋然性が高く、本来の安置堂宇は明らかではない。
 両像とも、ほっそりとした体つきを示し、長く垂れた大袖にもボリュームが少ない。下ぶくれの顔には、和やかな表情を浮かべる。肉身の抑揚は少なく、衣文の彫りは浅い。全体として量感を抑えた、穏やかな表現に特徴が見られる。
 その作風は、深い奥行きと豊かな量感を示す。定慶作の梵天・帝釈天立像とは対照的であり、保守的な傾向が強い。他方、梵天像の襟など、細部の意匠には、宋風を摂取した新形式も採用される。その作家系統や制作年代の詳細は明らかでなく、今後の検討が待たれる。
「興福寺国宝展」 東京芸術大学美術館 2004年 より

 梵天はヒンズー教では世界の創造神ブラフマン、帝釈天は英雄神・太陽神インドラであり、ともに仏教に取り入れられてからは仏法の守護神となった。
 二体一組で鎌倉再興期の西金堂に安置された。輪宝形の光背に三弁の宝珠を三ヵ所に配する。
 帝釈天像はわずかに左向き、大袖の衣に甲をつけ、その上に袈裟をかけ、裳を着る。左手を曲げ左腰前で刀印を結び作拳、右手は曲げ、拳を上にし、経巻をとり、腰をわずかに左にひねり、沓をはいて立つ。
「法相宗大本山 興福寺」より

私 の 想 い

 右手は脇を締めて肘を折り、前に出して経巻を上に向けて持つ。左手は脇を開けて肘を折り、右腰に拳を着ける。
 右胸を大きく開けた衣の下に着た、軍服がのぞく。軍人である事を誇示している。

帝釈天立像画像一覧
帝釈天立像
興福寺に戻る
興福寺画像一覧 興福寺の写真が楽しめます。
興福寺花華一覧 興福寺の花華が楽しめます。
興福寺4(国宝館所蔵仏像)
仏頭(銅造) 仏頭(木製)
阿弥陀如来坐像 釈迦如来坐像 釈迦如来立像
薬師如来坐像 千手観音立像 観音菩薩立像 地蔵菩薩立像
天燈鬼立像 竜燈鬼立像 金剛力士(阿形) 金剛力士(吽形)
梵天立像1 帝釈天立像 梵天立像2
弥勒菩薩半跏像 吉祥天倚像 広目天立像
八部衆像
阿修羅立像 五部浄立像 鳩槃茶立像 緊那羅立像
乾闥婆立像 迦楼羅立像 畢婆迦羅立像 沙羯羅立像
釈迦十大弟子
富楼那立像 羅睺羅立像 目犍連立像
迦栴延立像 舎利仏立像 須菩提立像
板彫り十二神将像
毘羯羅 招杜羅 真達羅 摩虎羅
波夷羅 因達羅 珊底羅 額儞羅
安底羅 迷企羅 伐折羅 宮毘羅
興福寺1(北円堂)
興福寺2(東金堂)
興福寺3(仮金堂)
興福寺4(国宝館)
興福寺5(南円堂)